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独自ファイルシステムの実装によって、アクセス頻度の高いデータは手元の自社運用データセンターから出し、そうでないものはAmazon S3にあるデータを取ってきてから出す、という階層アーキテクチャにしたことで、自社ストレージの台数を95%削減できたという。アップロードされるほとんどの写真は、あまり参照されないため、自社ストレージに置くまでもないということだ。この階層化によりAmazon S3上に全データを保存、そのうちアクセスの多いものをキャッシュとして5%程度を自社サーバにキャッシュするという構成になっているわけだ。

919 :名無しさん@12周年 : 2012/05/12(土) 10:43:33.62 ID:M9fz2as80
»910 
だって、日本の画人たちは自分たちのテクニックを体系化して形式化して
くれなかったんだもん。
結局、最終的に技法を全部整理して「色彩学」あるいは「絵画学」として
集成して誰にでも学べる形式知にしてくれたのは西洋人だから、日本画に
無知でもしょうがないじゃん。
日本のアーティストどもは、最後まで「学(-ology)」という形にしてくれなかった。
だから、最終的には西洋から学ぶしかなかった。

和算だって、似たようなところあるよね。
関孝和っていう超天才が居たけど、結局、誰も数学を作らなかった。
算術、超凄い個人技としての天才の発想はあったけど、それをまとめてシステム
として全体化しなかった。
おかげで、関孝和以降の算術はむしろ関よりレベルが下がった。なぜかっつーと
関くんも、自分は超天才で頭良かったけど、教科書をかかなかったからね。
弟子も書かなかった。
だーれも、知識をシステム化、体系化して客観性のある形にしなかった。

日本の最高に悪い癖の一つが、どんな凄い職人芸や超人でも、「そいつだけの超凄い個人技」で終わるトコ。
誰にも共有できない天才の境地だから、そいつが死ぬと終わり。
この点、絵画にせよ数学にせよ、天才のやったことを技法として残して学問という
形にした西洋が、最終的には俺らの知識体系になって和算や日本美術が俺らの知識体系
に残らないのは当然じゃなかろか。

西洋の絵画は、システマティックな技法、誰にでも学べる体系としての学問を残した。
日本の絵画は、凄かったけど、誰も、それを整理して学校でカリキュラムとして教えられる
形にはまとめなかった。
実際、西洋には美術の「手引書」があるけど、日本にはないよね。デッサンの仕方、
写実画のかきかた、投影点の作り方、それをすべて、西洋は「システム」にして、誰にでも
学べる「知識」として整理した。
そりゃ圧勝するだろ。

923 :名無しさん@12周年 : 2012/05/12(土) 10:48:47.93 ID:qLTjOhHS0

»919 
体系化といえば空海だな
日本は「学」ではなく「道」とするのが好きなとこがあって、
それはそれでいい部分もあるんだけど、
伝統とか保護の話になると弊害が多い

あと 1 個からの苦悩

ここまで 9 回投げて「5」は一度も出ていません。

9 回投げて「5」が出なかったんだから、次かその次には「5」が出てもよさそうです。

「もうそろそろ出てもいいだろう」と思ってしまうのが人間の心理です。

しかし、現実はそうではありません。確率の世界では、たとえ過去に 100 回連続で「5」が出てなくても、次に「5」が出る確率は 1/6です。中学では「同様に確からしい」という言葉を習ったのを覚えているでしょうか。あれです。(高校では、もうちょっと範囲を広げて「独立」という概念を習います)

独自ファイルシステムの実装によって、アクセス頻度の高いデータは手元の自社運用データセンターから出し、そうでないものはAmazon S3にあるデータを取ってきてから出す、という階層アーキテクチャにしたことで、自社ストレージの台数を95%削減できたという。アップロードされるほとんどの写真は、あまり参照されないため、自社ストレージに置くまでもないということだ。この階層化によりAmazon S3上に全データを保存、そのうちアクセスの多いものをキャッシュとして5%程度を自社サーバにキャッシュするという構成になっているわけだ。

919 :名無しさん@12周年 : 2012/05/12(土) 10:43:33.62 ID:M9fz2as80
»910 
だって、日本の画人たちは自分たちのテクニックを体系化して形式化して
くれなかったんだもん。
結局、最終的に技法を全部整理して「色彩学」あるいは「絵画学」として
集成して誰にでも学べる形式知にしてくれたのは西洋人だから、日本画に
無知でもしょうがないじゃん。
日本のアーティストどもは、最後まで「学(-ology)」という形にしてくれなかった。
だから、最終的には西洋から学ぶしかなかった。

和算だって、似たようなところあるよね。
関孝和っていう超天才が居たけど、結局、誰も数学を作らなかった。
算術、超凄い個人技としての天才の発想はあったけど、それをまとめてシステム
として全体化しなかった。
おかげで、関孝和以降の算術はむしろ関よりレベルが下がった。なぜかっつーと
関くんも、自分は超天才で頭良かったけど、教科書をかかなかったからね。
弟子も書かなかった。
だーれも、知識をシステム化、体系化して客観性のある形にしなかった。

日本の最高に悪い癖の一つが、どんな凄い職人芸や超人でも、「そいつだけの超凄い個人技」で終わるトコ。
誰にも共有できない天才の境地だから、そいつが死ぬと終わり。
この点、絵画にせよ数学にせよ、天才のやったことを技法として残して学問という
形にした西洋が、最終的には俺らの知識体系になって和算や日本美術が俺らの知識体系
に残らないのは当然じゃなかろか。

西洋の絵画は、システマティックな技法、誰にでも学べる体系としての学問を残した。
日本の絵画は、凄かったけど、誰も、それを整理して学校でカリキュラムとして教えられる
形にはまとめなかった。
実際、西洋には美術の「手引書」があるけど、日本にはないよね。デッサンの仕方、
写実画のかきかた、投影点の作り方、それをすべて、西洋は「システム」にして、誰にでも
学べる「知識」として整理した。
そりゃ圧勝するだろ。

923 :名無しさん@12周年 : 2012/05/12(土) 10:48:47.93 ID:qLTjOhHS0

»919 
体系化といえば空海だな
日本は「学」ではなく「道」とするのが好きなとこがあって、
それはそれでいい部分もあるんだけど、
伝統とか保護の話になると弊害が多い

kojimblr:

Risa Yoshiki

kojimblr:

Risa Yoshiki

(via pepelie-pepelie)

yoimachi:

吉木りさ

yoimachi:

吉木りさ

(via pepelie-pepelie)

(Source: cc-girl, via pepelie-pepelie)

あと 1 個からの苦悩

ここまで 9 回投げて「5」は一度も出ていません。

9 回投げて「5」が出なかったんだから、次かその次には「5」が出てもよさそうです。

「もうそろそろ出てもいいだろう」と思ってしまうのが人間の心理です。

しかし、現実はそうではありません。確率の世界では、たとえ過去に 100 回連続で「5」が出てなくても、次に「5」が出る確率は 1/6です。中学では「同様に確からしい」という言葉を習ったのを覚えているでしょうか。あれです。(高校では、もうちょっと範囲を広げて「独立」という概念を習います)

"独自ファイルシステムの実装によって、アクセス頻度の高いデータは手元の自社運用データセンターから出し、そうでないものはAmazon S3にあるデータを取ってきてから出す、という階層アーキテクチャにしたことで、自社ストレージの台数を95%削減できたという。アップロードされるほとんどの写真は、あまり参照されないため、自社ストレージに置くまでもないということだ。この階層化によりAmazon S3上に全データを保存、そのうちアクセスの多いものをキャッシュとして5%程度を自社サーバにキャッシュするという構成になっているわけだ。"
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919 :名無しさん@12周年 : 2012/05/12(土) 10:43:33.62 ID:M9fz2as80
»910 
だって、日本の画人たちは自分たちのテクニックを体系化して形式化して
くれなかったんだもん。
結局、最終的に技法を全部整理して「色彩学」あるいは「絵画学」として
集成して誰にでも学べる形式知にしてくれたのは西洋人だから、日本画に
無知でもしょうがないじゃん。
日本のアーティストどもは、最後まで「学(-ology)」という形にしてくれなかった。
だから、最終的には西洋から学ぶしかなかった。

和算だって、似たようなところあるよね。
関孝和っていう超天才が居たけど、結局、誰も数学を作らなかった。
算術、超凄い個人技としての天才の発想はあったけど、それをまとめてシステム
として全体化しなかった。
おかげで、関孝和以降の算術はむしろ関よりレベルが下がった。なぜかっつーと
関くんも、自分は超天才で頭良かったけど、教科書をかかなかったからね。
弟子も書かなかった。
だーれも、知識をシステム化、体系化して客観性のある形にしなかった。

日本の最高に悪い癖の一つが、どんな凄い職人芸や超人でも、「そいつだけの超凄い個人技」で終わるトコ。
誰にも共有できない天才の境地だから、そいつが死ぬと終わり。
この点、絵画にせよ数学にせよ、天才のやったことを技法として残して学問という
形にした西洋が、最終的には俺らの知識体系になって和算や日本美術が俺らの知識体系
に残らないのは当然じゃなかろか。

西洋の絵画は、システマティックな技法、誰にでも学べる体系としての学問を残した。
日本の絵画は、凄かったけど、誰も、それを整理して学校でカリキュラムとして教えられる
形にはまとめなかった。
実際、西洋には美術の「手引書」があるけど、日本にはないよね。デッサンの仕方、
写実画のかきかた、投影点の作り方、それをすべて、西洋は「システム」にして、誰にでも
学べる「知識」として整理した。
そりゃ圧勝するだろ。

923 :名無しさん@12周年 : 2012/05/12(土) 10:48:47.93 ID:qLTjOhHS0

»919 
体系化といえば空海だな
日本は「学」ではなく「道」とするのが好きなとこがあって、
それはそれでいい部分もあるんだけど、
伝統とか保護の話になると弊害が多い

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あと 1 個からの苦悩

ここまで 9 回投げて「5」は一度も出ていません。

9 回投げて「5」が出なかったんだから、次かその次には「5」が出てもよさそうです。

「もうそろそろ出てもいいだろう」と思ってしまうのが人間の心理です。

しかし、現実はそうではありません。確率の世界では、たとえ過去に 100 回連続で「5」が出てなくても、次に「5」が出る確率は 1/6です。中学では「同様に確からしい」という言葉を習ったのを覚えているでしょうか。あれです。(高校では、もうちょっと範囲を広げて「独立」という概念を習います)

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